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四神の館の四神の意味 キトラ古墳の壁画には何が書かれていたの

四神の館はキトラ古墳の北側に隣接して作られた新しい施設で
キトラ古墳壁画体験館 四神の館といいます
地下1階・地上1階の建物で、地上1階が実物の壁画の保管・展示室で見学者は公開期間にはガラス越しに壁画を見ることができます。

地下はキトラ古墳壁画を中心にキトラ古墳発見の経緯や極彩色の壁画の修復作業を紹介したパネルや映像など興味深い内容です
7世紀末~8世紀頭に作られたと言われるキトラ古墳壁画を身近に感じられ
最新の設備で、貴重な文化財を保存する素晴らしい施設です

一体も、国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区として整備されています

オープンには大勢の家族連れや歴史ファンらが入場1300年前の極彩色壁画に感嘆といったニュースや記事を見ましたが、
そもそもキトラ古墳は何がすごいの?四神の館の四神の意味?という素朴な疑問が湧いてきたのでまとめてみました

四神の館の四神の意味

四神の館は2016年9月24日オープンしました
キトラ古墳やキトラ古墳壁画を分かりやすく、楽しく学べる施設で、
いろんな体験学習も企画されています

では、なぜキトラ古墳の壁画の資料館が四神の館と言われるのでしょうか?

キトラ古墳は何がすごいの

キトラ古墳は誰が埋葬されているかは未だ判然していませんが
天武天皇の皇子である高市皇子
高官であった百済王昌成
古墳周辺一帯が「阿部山」という地名から右大臣の阿部御主
と、いろいろな人物が想像されています。

キトラ古墳が注目されるのは、高松塚古墳に続き日本で2番目に発見された大陸風の壁画古墳である点です

キトラ古墳壁画

キトラ古墳の石室の天井には本格的天文図が、壁には四つの方位を守る神とされる四神や十二支の美しい絵が描かれています。

天井の天文図は、国内最古というだけでなく、現存する世界最古の科学的な天文図です

東西南北の四壁の中央に四神の青龍、白虎、朱雀、玄武が描かれており
四神の下に、それぞれ3体ずつ十二支の獣面(獣頭)人身像が描かれていると想定されています

北壁・玄武の「子(ね)」、東壁・青龍の「寅(とら)」、西壁・白虎の「戌(いぬ)」、南壁・朱雀の「午(うま)」など6体の発見に留まっています

東西南北の四壁に四神が描かれていたということで、四神の館なんです

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なんでも、キトラ古墳より前に発見された高松塚古墳は、盗掘孔によって南壁に描かれていたはずの朱雀が失われているので、四神が残っているのはキトラ古墳壁画だけになるのです

四神の館の四神の意味は

では四神の意味は?
四神は、古代中国の五行思想にあるもので
四神(しじん)とは東西南北の四方の守り神のことを意味します。
東は青龍、西は白虎、南は朱雀、北は玄武です。

四神はそれぞれ、色でも表され
太陽の動きからいうと、日が登る東は青、南にある正午の太陽は赤、日が沈む西は白、北にある真夜中の太陽は黒で
青の青龍、赤の朱雀、白の白虎、黒の玄武です。

四神のそれぞれの季節は
青龍は春、朱雀は夏、白虎は秋、玄武は冬です。
青春、朱夏、白秋、玄冬となります

この言葉は、人の一生を四季に例えて
16歳から30歳前半を「青春」
30代前半から50代前半を「朱夏(しゅか)」
50代前半から60代前半が白秋(はくしゅう)を「白秋(はくしゅう)」
60代前半以降を「玄冬(げんとう)」と表現することもあります

四神はキャッチーで分かりやすいモチーフなので漫画やゲームでもよく登場し
最強の精霊・神獣といったキャラクターで使われますが
強さの定義はありません

四神の館のまとめ

四神の館と名前が付いた理由もわかりましたね
高松塚古墳は美人がが有名ですが、古墳壁画として「朱雀」が発見されているのは日本国内にはキトラ古墳以外にはありません。

同時代の中国や朝鮮半島では獣頭人身を象った浮き彫りや土人形が埋葬された墓が発見されているため、キトラ古墳は中国や朝鮮半島などの文化的影響を受けていたと考えられています

四神の館ではわかりやすい映像もありました

第1回のキトラ古墳壁画の特別公開は
「天文図」のほかに「朱雀」「白虎」がガラス越しに見学できした
古代の人びとも地球の外にある天体に興味を持っていたのは興味深いですね
周辺の公園も整備されているので
気候のいい時に、ゆったりと過ごすのがおすすめです
⇒日本のふるさとあすかにはまだまだ訪れたいところがあります。こちらでチェックしてみてください
⇒四神の館 キトラ古墳への行き方や駐車場 所要時間はこちらにまとめています

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